吉川、加村、前溝、沖
笠嶋遺跡とは和歌山県西牟婁郡串本町笠嶋(県立串本高校校庭)にあります。
弥生時代後期から末期の土器が出土しているため、推測では弥生時代頃の遺跡だと言うことです。
串本町は海に面しているためこの笠嶋遺跡に住んでいた人たちは、主に漁猟を行い生活していたと思われます。
まず、串本町のことを少し説明します。串本町は本州の最南端に位置した町です。
もともと串本町とは潮岬台地(島)が砂州によって本州と結びついた上に発達した集落で、
人口10000人程度でした。昭和30年田並・有田・潮岬・和深の村を合併し、
その3年後の昭和33年大島村を加え、人口約20000人(昭和44年当時)余りになり、
南紀海岸の自然を生かし観光の町として現在まで歩んで来ています。
笠嶋遺跡が見つかった笠嶋地区とは、狭くそして草原が混在した湿地帯でした。
昭和19年旧海軍航空隊基地と利用された後に利用されるため工事が行われました。
この時遺物が出土して、遺跡周辺は昭和35年までそのままにされていて、昭和35年になって
遺跡発掘の調査が行われました。その時出土した遺物は人工遺物と自然遺物の2つに分類することができ、
まず人工遺物には木製品・土製品・石製品があり船底材・木製盤・建築材・土器などがあります。
次に自然遺物には魚類・陸動物・植物類があり、出てきたものには魚・動物の骨・植物の種子などが発掘されました。
これら発掘されたものはそれぞれ細かく分類され様々の種類の土器・木製品・加工品があります。
このように笠嶋遺跡では数々の遺物が発掘されました。最近でも串本高校のグランドなど周辺で遺跡が発見され遺物などが調査されています。